休日の風景
養老
雨の休日と解脱
特に休日は、生きているのがバカバカしく感じられる。
今日は雨。逃げ場もない(笑)
だが、この感覚にはもう未練がない。
何かを失った悲しみでも、満たされない焦りでもない。
ただ、この次元での出来事に関心が薄れただけだ。
解脱とは、救われることではない。
納得することでも、諦めることでもない。
執着そのものが、静かに別の層へ溶けていくことだと思う。
人間関係も、評価も、意味づけも、ここではもう重力を持たない。
上へ行くというより、位相がずれる感覚に近い。
雨音の中で、今日はただ在る。
この世界に未練はない。
だからこそ、別の次元へ昇華したい。
ここにあるのは、孤独ですらない。
孤独とは「他者」を前提とした言葉だが、今の私には他者も、そして「自分」という固執さえも希薄だ。
窓の外では、雨がただ物理法則に従って落ちている。
以前は鬱陶しかったその音も、今はただの周波数として心地よい。
意味を求めるのをやめた時、世界は初めて、意味という不純物を取り除いた「純粋な実在」として私の前に現れる。
ここは、灰色の静寂。
私は、このバカバカしいほど静かな休日を、別の次元へと続く扉にする。
















