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タイヤ発注

今日は土曜日で、本来なら養老で養老する日なのだが・・・
昨夜の不眠の影響で体調が悪く、出かける気になれなかった。

ところで、中東情勢の混乱により、ナフサ供給不足の影響が徐々に表面化してきている。
今後の物価上昇は、もはや避けられないだろう。

愛車のタイヤが摩耗限界に近づいているため、今のうちに発注しておくことにした。

現在履いているのは ADVAN FLEVA V701。
同じ銘柄にするにしても、YOKOHAMAタイヤは来月から5%値上げとのことで、タイミングとしては悪くないと判断した。
そんな訳で、最寄りのタイヤショップへ向かった。

ADVAN FLEVA V701 に加え、入手性が良く、お勧めとのことだった別銘柄も併せて見積もってもらう。

提示された工賃込みの価格は以下の通り。

YOKOHAMA ADVAN FLEVA V701 66,000円
DUNLOP LE MANS V+ 61,800円

ADVAN FLEVA はメーカー在庫が切れており、次回入荷は6月上旬以降とのこと。
つまり、値上げ後の価格になってしまう。

一方、DUNLOP LE MANS は値上げ前価格で、月曜には入荷可能との話だった。

LE MANS はスポーツ寄りというより、低燃費と快適性重視の設計だ。
少し悩んだが、違うタイヤの特性も味わってみたいと思い、今回は DUNLOP LE MANS を選択した。

ADVAN FLEVA は、OEMのエコタイヤから履き替えた際に、燃費が若干悪化していた。
その点、DUNLOP LE MANS には燃費面で少し期待している。

もっとも、今後の中東情勢次第では、オイルや燃料そのものの入手が困難になる可能性もある。
そう考えると、今回交換するタイヤを最後まで使い切れるのかさえ、不透明な時代になってきた。

その後は、背割堤を散歩。
背割堤

先週と比べると、ノアザミの群生が一気に増えていた。
季節は急速に夏へ向かっているようだ。
ノアザミ

今年の夏も、あの酷暑になるのだろうか。
今から少し恐ろしい。

行き場が無い

今日は土曜日で、本来なら養老で養老する日なのだが・・・
先週の連休の影響で、つい先日行ったばかり。

往復80km超えの行程だし、今日はどうにも気が乗らなかった。

とはいえ、家に籠もっていても余計に気が滅入る。
思い立って、気分転換に長島PAへ向かってみた。
長島PA

PAはSAより一段格下という扱いだからか、差別化なのか、全体的に妙に閑散としている。
人の気配はあるのに活気が薄く、どこか「通過点感」が強い。

とりあえず、早めのランチ。
スメタナ定食によく似た名前の定食があり、1000円を切る価格だったので注文してみた。
スメタナ定食

出てきた料理は、刻みキャベツとレトルト系ミート加工品を並べたような印象で、なかなかに味気ない見栄え……。
そして、残念ながら味もだいたい見た目通りだった(笑)
スメタナ定食

とはいえ、窓越しに眺める新緑だけは悪くない。
冷房の効いたPAでぼんやり外を眺めていると、「何をしに来たんだろう」という気分と、「まあ、これはこれで休日か」という妙な納得感が同時に湧いてくる。
しばらくして、早々に退散。
長島PA
まあ、とりあえず短距離で時間潰しできただけでも良かったか。

帰路は少し気を取り直し、背割堤を散歩。
背割堤

今日は空気がひんやりとして爽やかで、ワンドに生息する鳥たちの鳴き声に包まれながら、2kmほどゆっくり歩いた。

大型連休明け直後の土曜日だからか、どこへ行っても今ひとつ「休日イベント感」が薄い。
結局、今日は「行き場が無い」というタイトルそのままの一日だったのかもしれない。

それでも、最後に川辺を歩いている頃には、頭の中の妙な澱みも少し抜けていた。

これにて、ミッション完了(笑)

ハニーポット切り替え合理化

海外からのアクセスは、その大半が攻撃やスキャンであるため、ハニーポットへ振り分けるという方針を基本としている。
これまで、主要サーチエンジン以外の海外アクセスについては、下記のように別ホストへ転送していた。

●これまでの振り分けイメージ

Internet
   |
   v
+----------------------------+
|        Router              |
|     iptables / NAT         |
+----------------------------+
   |                      |
   |                      |
 Normal                 Suspicious
 / Allowed              / Unknown
   |                      |
   v                      v
+----------------+   +----------------+
| 192.168.1.1    |   | 192.168.1.2    |
| Main Server    |   | Honeypot       |
+----------------+   +----------------+

従来は、Web以外のプロトコルも含めて転送可能とするため、ハニーポットを別ホストとして分離していた。
しかし最近では、対象をWebアクセスのみに限定しているため、この構成を見直した。
その結果、別ホストを維持するメリットが薄れたため、Apacheのリッスンポートを追加し、単一ホスト上のバーチャルホスト構成でハニーポットを実現する方式へ変更した。

●新しい振り分けイメージ

Internet
   |
   v
+----------------------------+
|        Router              |
|     iptables / NAT         |
+----------------------------+
   |                      |
   |                      |
 Normal                 Suspicious
 / Allowed              / Unknown
   |                      |
   v                      v
+----------------+   +----------------+
| 192.168.1.1:80 |   |192.168.1.1:9080|
| 192.168.1.1:443|   |192.168.1.1:9443|
| Main Server    |   | Honeypot       |
+----------------+   +----------------+

この構成により、物理・仮想ホストの分離を廃しつつ、ポート単位で役割を分離するシンプルな設計となる。
また、ログ管理や証明書運用も一元化できるため、運用負荷の低減にも寄与する。

ひげまんじゅう売り切れ

今日は、先週土曜の代わりに養老で養老。
往路の時間調整に養老公園を散歩したが、人が多すぎて写真撮影は断念・・・
それにしてもいい天気だ。まさに五月晴れ。
養老SA
今日もスメタナ定食にするつもりだったが、野菜の高騰が影響しているのか、メニューから消えていた・・・
来週以降の復活に期待したい。
スメタナ定食

ついでに、ひげまんじゅうの在庫を確認。
先々週には17体あった在庫が、わずか1体に。
さらに、下段に多数並んでいたキーホルダータイプに至っては売り切れ。
やはり人気は衰えていないようだ。
ひげまんじゅう

帰路、あまりに天気がよく、青空と養老山地が美しく映えていたので、思わず車中から風景を撮影。
駒野交差点

あとで見返すと、電信柱や電線、アスファルトの路面といった、ありふれた風景の方が際立っている(笑)
結局、どこへ行っても似たような景色だ。
最早、労力や費用をかけて遠出する意味も、薄れてきているのかもしれない。

善意が沈黙に変わるとき

還暦を過ぎ、62歳を目前にした今、私はすでに仕事を離れ、完全にリタイアした生活を送っている。
収入はなく、これからはこれまで築いた資産と年金だけを頼りに生きていく段階に入った。

日々は静かだ。
だがその静けさは、安らぎというよりも、人との距離を強く意識させる種類のものでもある。

手元には、自ら積み上げてきた一定の資産と、数年後に始まる年金の見通しがある。
数字だけを見れば、生活は成り立つ。そう判断できる状態ではある。

しかし、心の内側には、それとは別の空白が残っている。


「1,500万円の援助」と、その結末

これまで私は、唯一の身内である弟家族に対し、1,500万円を超える金銭的な支援を行ってきた。
加えて、相続に関わる税負担についても、本来は負う必要のない部分を肩代わりしてきた。

なぜそこまでしたのか。
家族という関係に対する最後の信頼と、目の前の生活の破綻を見過ごせなかったという、それだけの理由だ。

しかし結果として、関係は修復されるどころか途切れた。
返ってきたのは、感謝や対話ではなく、「距離を置きたい」という意思だった。

その後、話し合いの機会も持てないまま、現在に至っている。

先日、これまでの経緯と負担額を整理し、今後についての意思確認を試みた。
だが、その問いかけに対する返答はなく、沈黙が続いている。


生活の実態と、感じている違和感

ここで一つ、整理しておきたい現実がある。

弟の生活は、少なくとも外から見える範囲では、極端に困窮しているようには見えない。
高額な商用車を所有し、家電も一通り揃い、趣味の時間も確保しているように見える。

一方で、家庭内には事情もある。
精神的な不調を抱えた次女と、その子どもを支える状況は、決して軽い負担ではないはずだ。

それでもなお、生活水準が大きく変わらないまま、そのしわ寄せがこちらに回ってくる構図には、違和感を覚えざるを得ない。

支える側と支えられる側の境界が曖昧なままでは、関係そのものが歪んでいく。
今回の一連の出来事は、そのことを強く示しているように思う。


沈黙が示すもの

この沈黙の中で実感したのは、人間関係における「信頼」は、必ずしも行為や時間の積み重ねによって維持されるものではない、という現実だった。

長く勤めた職場、組織との関係、そして家族。
それぞれにおいて築いてきたものが、ある時点であっけなく途切れることはある。

誠実に行動することと、その結果が報われることは一致しない。
その事実を、リタイア後のこの静かな時間の中で、改めて受け止めている。


残されたものと、これから

1,500万円という金額が戻る可能性は、現実的には低いだろう。
だが、その経験によって得たものもある。

人はそれぞれの事情と判断で動くということ。
そして自分自身は、その中でも生活基盤を崩さずにここまで来たということだ。

収入のない生活は、当然ながら余裕ばかりではない。
だからこそ、資産と支出のバランスを見ながら、静かに日々を積み重ねていくしかない。

現在の生活は、ほとんどを一人で過ごしている。
人との関わりは最小限だが、その分、外部に左右されない時間でもある。


今夜も、変わらない日常の中で食事をとる。
返事のない画面を気にすることは、もうやめた。

静かな生活の中で見えてきたのは、誰かに期待しすぎず、自分の範囲で完結して生きるという、ごく現実的なあり方だった。